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前回は、PTSDをなぜ治療しなければならないのか?といった疑問に対して、PTSDを発症する仕組みについて説明しました。生死を分けるような壮絶なトラウマ体験をした後に、適切な安全感や安心感を得られないままにストレス反応が続いてしまうことで、トラウマ記憶が未解決のまま心に残り続け、やがてPTSDを発症してしまいます。

PTSDのほとんどが自然に回復すると言われている中、なぜ長い期間苦しまなければいけないのか?そして、思い出したくない記憶をなぜ治療する必要があるのか?今回は、その症状に対する治療について詳しくお話します。

 

 

いつまでも過去が終わらない

PTSDのトラウマ記憶は、患者さんの中で「過去に起きた記憶」として蘇るのではなく、あたかも今まさに目の前で起こっているように五感や感情を伴って再体験します。また、日常的に考えないようにしていたとしても、ふとしたきっかけで思考の中に侵入して、辛い記憶について考え続けてしまうこともあるのです。

トラウマ事件に直面して凍結反応に陥った場合、脳や体の中では交感神経と副交感神経のどちらもが活発に興奮している状態になります。そのため、危機的な状況が終わったあとでも警戒が続き、時間の経過とともに身体的にさまざまな症状が現れます。自律神経系や免疫系の調節がうまくいかないことから、喘息や過敏性腸症候群、慢性疲労症候群や原因の分からない体調不良に悩まされることになります。そして、過覚醒症状のために夜眠れなくなってしまったり、悪夢によって中途覚醒や夜驚症が起き、抑うつ症状やトラウマ場面の会話・人を避ける回避行動が現れてきます。

このように、多くの症状に日常的に悩まされることから、最初の問いかけにあったPTSDの症状によって危険が回避される・安全な行動を心がけるようになるという考えは、半分は正解で半分は間違っているといえるでしょう。なぜなら、PTSDの症状を残したまま再び同じような危険に遭遇しても、凍結反応によって自分の意識を全体から切り離し、過去の恐怖が蘇りパニックになってしまうことが考えられるからです。

 

 

自分を責め続けてしまう

トラウマ事件によって心に深い傷を負ってしまった人は、「あの時こうしていれば…」という自責にしばしば悩まされます。こうした後悔や罪悪感が無意識のうちに心に強く引っかかり、思い出したくても思い出せない原因になっているのです。また、「再び同じような危険に直面しても、わたしは対処できないに違いない」というような無力感に陥ってしまった場合、同じ出来事が起きそうな場所を避けたり、危険に直面するとパニックになってしまい、結果として身を守れない状態が続いてしまうのです。そのため、PTSDの治療を適切に行う場合には、再び危険に直面したときにはどのように対処すればよいかを含めて治療者と共に考えていきます。

また、トラウマ体験によって「自分は何もできなかった」「自分だけが生き残ってしまった」というような否定的な認知が生じてしまうことで、自分を傷つけてしまうような衝動が起こったり、自殺願望が起こってしまうこともあります。日常的なDV被害や虐待、度重なる犯罪被害といった繰り返し慢性的に起こるトラウマ体験を経験した人では、解離症状が強く起こり、感情の調節ができなくなってしまったり、アルコール・薬物やギャンブル、対人関係への依存など自己コントロールや対人関係の障害に陥ってしまうことが少なくありません。

 

 

治療について

治療では、これまでお話したように、体や心にさまざまな形で起こるPTSDの症状を良くするための対症療法と、心に刻み込まれたトラウマを治療するための療法を症状にあわせて行います。いずれもまずはじめに取り組まれるのは安心・安全な場所の確保です。悲惨な体験によって「自分はここにいるべきではない」「自分を大切に扱ってもらえるわけがない」と一人ぼっちになってしまっている心を、医師やセラピストをはじめとする周囲の人たちが寄り添い、迎え入れることから始まります。また、度重なるフラッシュバックや回避行動といった症状を、これが自分の抱えるトラウマによるものなのだと学び、対処法を身に着けていくことも必要です。

対症療法的な治療においては、SSRI系の抗うつ薬や抗不安薬など、症状に合わせた薬物療法も取り入れられます。

未解決のトラウマに根本的にアプローチするための専門的な治療としては、トラウマ記憶によって避けている場所や会話と少しずつ向き合うことで、その場面に馴れていく持続エキスポージャー療法(PE療法)や、思い出すことを避ける原因となった心の引っ掛かりを見つけて紙に書き出すことで、引っかかりの元となる認知を受け入れやすい形に処理していく認知処理療法、眼球運動によってトラウマを無理のないように想起させ苦痛のないような形に処理を行っていくEMDR、軽い催眠状態の中で過去の自分の記憶を呼び起こして、苦痛の起こらない状態に処理していくホログラフィートークといったさまざまな治療法があります。

トラウマからの回復は、ひとつの治療によって一直線に治っていくものではなく、悲惨な体験によって失った「自分が受け入れられている」「自分の人生をコントロールできる」という安全感を得ることで、少しずつ進んでいきます。ときには同じ体験をした当事者同士で集まる自助グループや施設の集まりに参加することで、対人関係の中で安心・安全な関係を築く練習をすることもあります。回復は、信頼できる人とのつながりの中で、自分の傷と向き合いゆっくりと整理していくことで訪れるのです。

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カテゴリー: PTSD トラウマ